50歳男性、母が亡くなり家族葬に、でも田舎なので・・・

母が亡くなったのは12年前の冬でした。享年64歳。
生体肝移植をしなければ、助からないと医師から宣言されていた肝硬変の末期です。私は死に目に逢えませんでしたが、姉の話だと苦しまずに息を引き取ったとのこと。唯一の救いです。
葬儀は家族と母の兄弟、孫達により、葬儀場ではなく、母が嫁いで40年余りの長きにわたって暮らした家で執り行いました。
戒名をつけなければならないので、近所の寺の住職にお願いしました。「お母さんはどういう人でしたか?」と聞かれたので、私は「太陽のような人でした」と答えました。そのせいか、戒名の中に「光」という字が入りました。少し嬉しかったです。
家族葬とはいえ、形の上でお通夜、告別式と2日間に渡って行います。お通夜を迎えるにあたって、必ずしなければならない最大のこと、それは母を棺桶に入れることです。それまで深く考えたこともありませんでしたが、棺桶は「この世」と「あの世」の境界にある存在であると思います。母を家族で抱えて棺桶に入れるその瞬間、大量の涙が溢れて、皆が号泣しました。名前を呼びかける伯母や伯父、嗚咽で言葉にならない言葉で叫ぶ、姉や私。たぶん残されたものにとっては最も辛い時間だと思います。
田舎ですので、ご近所にはすぐ話は広がります。告別式には隣家の方、母と仲良かった方が弔問に訪れてくださいました。そして気がつけば自治体のほとんどのお宅の方々が庭先にいらっしゃり、永遠の別れを惜しんでいるではありませんか。
告別式が終われば、最後は火葬場です。実は当初、火葬場が一番辛いのではと思っていたのですが、意外なことにそれほどでもなかったのです。棺桶に入った時点ですでにこの世の人ではないと悟り、自分に言い聞かせていたのかも知れません。火葬の儀式自体は淡々と進みました。2時間強だったかもう少しかかったか、とにかく遺骨になれば、母の面影はもうありません。骨壷に収めて母は小さくなりました。子どもにとって、母は偉大で特別な存在だったのだとつくづく思い知りました。
今までこれと言った親孝行をしたことはあまりなかったですが、旅立つ間際に1歳になる孫に何度も会わせてあげたことが、最大にして最後の孝行だったのかなと思います。