33歳女 しっかりと最後のお別れができた

33歳女会社員です。私が30歳の頃のことでした。実は専門学校を卒業してからずっと地方で働いていて、30歳になったら地元に戻ってきたいという気持ちがありました。その思い通り、30歳になって地元に戻りました。新しい就職先でも最初はうまくいっていたのですが、体調不良で休職しそのまたた早期退職しました。しばらくして祖母が他界。タイミングをみたかのようにいきました。私は両親が共働きだったので、祖母に育てられたも同然。幼い頃から祖母とずっと一緒にいました。祖母は教養を受けたことがく、炭鉱出身で気性が荒い人でした。子どもである私に対して、子ども扱いせず衝突する日も多かったです。そんな祖母は、わたしたちとは一緒に暮らさず、祖母は一人で住んでいました。毎日祖母にお金を借りにくる人もいたり、祖母もわがままだったのでよく人の悪口を言っていたし、近所の人からよく思われていないのも知っていました。そんな祖母だったこともあり、祖母がなくなっての葬儀は、家族だけですることに決めました。祖母を知る人も早くになくなっており、親戚もよくわからなかったのも理由のひとつです。また、近所の人からよく思われていなかったこともあって、亡くなったことは未だに言っていませんし、新聞にも掲載しませんでした。ましてや、葬儀場の看板にも亡くなった方の名前を書くところがありますがそこにも書かないでくれとお願いして、異例ではありましたがひっそりと葬儀を行いました。普通の人から見たら「かわいそう」と思われる葬儀だったかもしれません。亡くなったことを誰にも知らせずに身内だけでお別れをしたこと。けれど、きっと祖母も“そうしてくれ”と言う気がして、家族だからこそわかるものがありました。祖母が息を引き取るときも、私たちが病院を去って寝静まった頃だったし、最後の最後まで心配かけたくないという気持ちがあったのだとわかりました。家族葬には、父と母、私と兄、母の姉妹の夫婦2組と父の兄弟夫婦1組が参列しました。祖母は炭鉱に勤めていたこともあり、しっかり貯金をしていたようで、じゅうぶんすぎるくらいの財産があり、葬儀も墓も祖母の貯金でまかなえました。広い会場で家族葬にはもったいなくも思いましたが、本当に祖母のことを思う人しか集まっていなかったので、あたたかい葬儀になりました。身内しかいない葬儀だったので、私も大声でなき遠慮することなく最後の言葉を掛けることができました。一人一人祈る時間も十分にあり、しっかりと最後のお別れができました。家族葬は、身内だけの小さな会にはなりますが、コンパクトで準備もしやすく、お別れもしっかりできると感じました。たくさんの人を呼んだからといって本当に故人が喜ぶかはわかりません。故人の人柄や、喜ぶことを考えるのが大切だと感じました。