57歳女 母が亡くなり家族葬二に 家族の愛に見送られて

私は東京在住の50代の主婦です。11年前に同居していた母を病気で亡くしました。私の母はもともと新潟に住んでいましたが、父を介護の末亡くしてからは気落ちして、一人にしておけなくなり、話し合って孫たちのいる我が家に上京することになったのが同居の始まりでした。私には当時まだ手のかかる子供たちが2人おり、母に同居してもらうのは正直本当に心強く、お互いのために良いと思い、迷わず来てもらいました。母は、色々なことによく気の付く人で、父と会社を経営していたこともあって、顔見知りでない人にも丁寧にソフトに対応できるタイプでした。ゆえに、知らない土地でもちゃんとやっていける人だという確信が私にもありましたし、孫もいるから気も紛れていたようでした。上京した当初上の女の子は幼稚園の年中、下の男の子は乳飲み子でしたから、私としてはいくらでも手助けの欲しい時だったのです。私は上の子の幼稚園の送り迎えなど、幼稚園の活動でばたばたしていたので、下の子はほとんど母にお任せ状態でした。それこそ、我が子のように一生懸命育ててくれました。お話することが大好きだった上の娘は聞き上手でほめ上手なお祖母ちゃんが大好き。幼稚園や学校から帰るとまずはお祖母ちゃんに「あのね、今日ね・・・」と目を輝かせてお話していたものでした。母も嬉しそうにニコニコしながら聞いていた顔はいまだに忘れられません。下の男の子も、段々動き回る年齢になってきても、大好きだった「働く車」のビデオや「童話」のビデオを見る時はお祖母ちゃんと一緒に、一緒に歌ったりお話したりと・・・ずいぶん母も大変だったろうな、と思っていると決まって母が口にしていた言葉が「お父さんがいなくなった後の人生はあなたたちのために使いたい」という言葉でした。旅行でも習い事でもなく、それこそ、わたしたちだけのために時間を使いたいと。胸がつぶれそうな思いに駆られながらも、それならそれで家族で精いっぱい楽しもう、という発想に変えました。家族で外食したり、家族で旅行したり、幼稚園や学校の行事にも参加したり。こういう環境の中で育った子供たちです。母が病気で亡くなった時には一言では言い表せない悲しみの中に突き落とされました。しかし、わたしたちだけのために最後の時間を過ごしてくれた母に安らかに逝ってもらうために今度は家族でしてあげられる送り方をしてあげよう、ということから「家族葬」の選択に至ったのです。後悔はありません。無駄なく、家族のために生きた人には家族だけの暖かい雰囲気の中で送るのが一番でしたから。弔慰金を頂いた親戚には後日報告方々会食の場を設けましたが、送るときは家族だけで思いっきり泣き、思い出話が出来最高だったと思っています。これからは形にこだわらない家族だけの葬式は時代にあっているのではないかと思うのです。